東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3192号 判決 1981年2月10日
控訴人
尾針朝治
右訴訟代理人
高島謙一
被控訴人
菊池喜三郎
被控訴人
藤川勝磨
被控訴人
米持昭治
右三名訴訟代理人
西川茂
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、いずれも理由がなく、棄却を免れないものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか原判決理由(原判決書九枚目表五行目から同一四枚目表八行目まで)と同じであるからこれを引用する。
1 <省略>
2 原判決書一〇枚目表三行目の「自己の」から同五行目の「金額欄」までを「金額欄、支払期日欄」に、同五行目から六行目にかけての「(甲第九号証の一、二)を渡して」を「一通(甲第九号証の一は、右白地手形の表面に、後に判示のようないきさつで所要の記載がなされたもの)を交付して」に、同七行目の「頼んだ」を「頼んだが、本間から「手形だけではだめだ。」と言われたので、同月五日頃再び本間の事務所を訪ね、同人に対し自己の印鑑証明書一通(乙第二号証の六)、自ら署名押印した白紙委任状一通(乙第二号証の五は、右白紙委任状に、後に判示のようないきさつで所要の記載がなされたもの)及び本件建物の表示登記済証一通を交付して重ねて前記のとおり頼んだ」に、「訴外本間」を「本間」に改め、同九行目の「引渡した。」の下に「もつとも松留は、その二、三年前に本件建物を被控訴人菊池に売り渡し、代金の支払いも受けていたものであり、本件建物の敷地の所有者で、かつ、松留に対するその賃貸人である訴外武笠某から、被控訴人菊池に対する本件建物の売渡しに伴う借地権譲渡について承諾を得ることができない事情にあつた関係上、本件建物の保存登記をせず、したがつて同被控訴人に対する所有権移転登記もしないでいたものであつて、本間もこのことを知つていた。また、古森は、本間と同棲したこともある仲で、当時、同人に雇われてその営む不動産仲介業に従事していたものであるが、本間を介して松留に対して一〇万円前後の金員を貸していた。」を加える。
3 原判決書一〇枚目表一〇行目の「訴外」を削り、「右本間」を「本間」に改め、同裏二行目及び同二行目から三行目にかけての「訴外」並びに同三行目の「同」を削り、同四行目の「ことはない。又」を「ことはなく、担保提供の方法として貸主に対して本件建物の名義変更をするつもりはなかつた。また」に改め、「訴外」及び「同」を削り、同五行目及び六行目の「右建物」を「本件建物」に、同七行目の「預つた」を「松留から交付を受けた」に改め、「訴外」を削り、同七行目から八行目にかけての「買戻約款付売買を原因とする」を「他に」に、同九行目の「知つており、」から同一〇行目までを「少なくとも本間は知つていた。」に改める。
4 原判決書一〇枚目裏末行の「訴外」を削り、「同日頃」を「昭和四六年六月五日頃」に改め、同一一枚目表二行目の「行き、」の下に「松留の代理人として」を加え、同三行目の「訴外松留から預つた」及び「右」を削り、「見せ」を「呈示し」に改め、同四行目の「右書類」を「本件建物」に、「の借金を」を「貸してほしいと」に改める。
5 原判決書一一枚目表五行目から同六行目にかけての「訴外三井は、本件建物は貸金にあたり重視していなかつたので、何等」を「三井は、本件建物の」に、同七行目の「又」を「また」に、同八行目の「を預つて、訴外」を「の交付を受けて、もし前記手形が不渡りになつたときは、貸主側が本件建物の所有名義を変更してこれを処分できることを古森に承諾させ、弁済期限を昭和四六年六月二五日と定め、前記手形の支払期日を右同日とした上、」に改め、同九行目の「訴外」及び同末行の「右」を削り、同裏一行目の「渡した。」を「交付することにしたが、三井はその際、古森に対して、松留が果たして右の約三〇万円の差引きを了承するか否かを同人に確認するように求め、その場で松留に電話した古森が松留の了承を得たように言つたので古森に右金員を交付した。しかし三井も向井も、その際、自分で直接に松留に電話して、同人が果たして、前記約束手形が不渡りになつたときに貸主側で本件建物の所有名義を変更してこれを処分することを了承しているか否かまで確かめることはしなかつた。」に改める。
6 原判決書一一枚目裏二行目、同三行目及び同五行目の「訴外」を削る。
7 原判決書一一枚目裏六行目の「訴外」及び「右」を削り、同六行目から七行目にかけての「のうち一二ないし一三万円を訴外松留に手渡した。」を「を松留に交付しなかつた。」に改める。
8 原判決書一一枚目裏九行目、同一〇行目及び同一二枚目表一行目の「訴外」を削る。
9 原判決書一二枚目表三行目及び同五行目の「訴外」を削り、同六行目の「甲第一号証の五」を「乙第一号証の五」に、同七行目の「預つて」を「交付を受けて」に、「乙第二号証の五」を「乙第二号証の五は、右白紙委任状に、次に述べるようないきさつで所要の記載がなされたもの」に、同九行目の「預つて」を「前認定のとおり交付を受けて」に改め、同一〇行目の「訴外」を削り、「渡して」の下に「登記手続を委任し」を加え、同末行の「受付、の訴外」を「受付の」に改め、同裏二行目の「訴外」を削る。
10 原判決書一二枚目裏三行目の「訴外向井」を「向井」に、同四行目の「同訴外人」を「同人」に改める。
11 原判決書一二枚目裏八行目の「反する」の下に「原審」を、同九行目の「向井律子」の下に「、当審証人松留謙夫」を加え、同末行から同一四枚目表五行目までを次のとおり改める。
前記認定の事実によれば、松留は古森に対し、他から二、三〇万円の金員を借用する代理権を与えていたほか、そのために必要とあれば、本件建物に抵当権を設定することもできる代理権を与えていたものと推認できなくもないが、本件建物の所有権を担保として移転する代理権又はその予約をする代理権まで与えられていたものとは認め難い。他方、前記認定の事実によれば、古森は、外形上も、松留の代理人として、向井又は三井との間に控訴人主張のような買戻約款付売買契約を締結したものとは認め得ないが、その代理権の存否はさて措き、松留の代理人として、向井又は三井から借用した五〇万円の弁済ができないときは、弁済に代えて貸主側に本件建物の所有権を移転してその処分をゆだねる旨の一種の担保契約としてのいわゆる代物弁済予約を向井又は三井との間に締結したものと認めるのが相当である(右契約を以下「本件代物弁済予約」という。)。しかしながら、古森が松留から、担保として本件建物の所有権移転の予約をする代理権を与えられたと認め難いことは前述のとおりであるから、これと反対の前提に立つて本件代物弁済予約が有効に締結されたとする控訴人の主張は採用できない。
次に、本件代物弁済予約は、松留の代理人としての古森がその権限をゆ越して三井又は向井との間に締結したものであることは、以上判示したところによつて明らかであるが、前記認定の事実によれば、古森は本件代物弁済予約を締結するに際して、本間を介して松留から交付を受けていた同人の印鑑証明書、同人の署名押印した白紙委任状、本件建物の表示登記済証及び同人振出しの約束手形各一通を、向井又は三井に呈示してあたかも自分が松留から本件代物弁済予約を締結するのに必要な代理権を与えられているかのようにふるまつたことが認められるので、向井又は三井には古森に右代理権ありと信ずべき正当の理由があつたかのように一応認められないではない。しかしながら他方、前記認定の事実によれば、向井又は三井が古森から呈示を受けた前記書類のみでは、本件建物につき松留名義に保存登記をした上で他に所有権移転手続をすることはできず、そのためには松留の委任状が一通足りなかつたものであり、金融業を営んでいた向井又は三井としては、このことを知つていたか又は容易に知り得べかりしものと推認されるし、また、本件建物の時価は、向井又は三井の松留に対する融資額、殊に古森に実際に交付した金額と比較すると相当大巾に高額であつたと推認されるし、さらには向井又は三井は本件代物弁済予約締結の際に自分で直接に松留に電話してその真意を確かめようと思えばそれが容易にできたものと認められるので、向井又は三井としては、本件代物弁済予約の締結にあたり、松留に対して、古森に果たしてその締結のための代理権を与えているか否かを自ら直接に確かめるべきであつたといわなければならない。しかるに向井も三井もこれをしなかつたこと前記認定のとおりであるから、本件代物弁済予約の締結にあたり、向井又は三井が古森に松留の代理権ありと信ずるについては過失があつたものといわざるを得ず、したがつて結局において、向井又は三井には、古森に松留を代理して本件代物弁済予約を締結する権限ありと信ずるべき正当の理由があつたものとは認め得ない。よつて本件代物弁済予約が民法第一一〇条によつて有効である旨の控訴人の主張も採用できない。
以上のとおりであるから、その余の判断をまつまでもなく、向井が松留から、本件建物の所有権を取得したことも、被控訴人らに対する本件建物の賃貸人たる地位を承継したことも認めることができず、したがつてこれと反対の前提に立つ控訴人の主位的請求は、その余の判断をなすまでもなくいずれも失当である。
12 原判決書一四枚目表六行目の「訴外」及び同七行目の「同」を削り、同七行目の「前記の売買契約が」を「控訴人主張の契約の存在又はその効力が」に改める。
よつて原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項に則つて控訴人の本件各控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(林信一 宮崎富哉 石井健吾)